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juli 2009

tysdag 28. juli 2009

27の合唱曲

正確に言うと、児童合唱および女声合唱のための2声または3声のための27の合唱曲。どうひっくり返っても、ミクローシュ・サボー指揮ジェール少女合唱団の演奏がベストである。最近、全曲を聞き直してみた。

昔、実況録音をエアチェックしたことがある。演奏会で演奏する場合、3,4曲ずつまとめて、分けて演奏すべきとのバルトークのコメントの通り、何回か休憩が入るので、長く感じる。フンガロトンの録音でも、グループが形成されている。

が、CDで久しぶりに27曲一気に聞いてみると、結構、あっという間に終わるもんだなぁ、と思った。

全曲のクライマックスはやっぱり最後のグループにあると思う。枕の踊り~カノン~さよなら、どの曲も起伏があって、味がある。さよならは、やっぱ涙が出てくるよなぁ。

27曲中、一部の曲に管弦楽の伴奏をつけた版があるのだが、フルートの代わりに、リコーダーが使われてるところが、面白かったりはするが、少々、間抜けっぽい響きで、同じ編成ならば、ヒンデミットのカンタータ「僕らは町を作る」の方がずっといい。

バルトークの民謡編曲を堪能するには、「子供のために」のほか、この「27の合唱曲」、「2台のバイオリンのための44のバイオリンの二重奏曲」は外せないと思う。

そして、言うならば、さらに、「ミクロコスモス」でバルトークの「語法のエレメント」を体に叩き込んでおかないと、オケコンに散りばめられている「サインSign」に、ニヤッとできないと思う。

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トレモロ・デンタル

オドムの編曲は、ピアノの原曲に沿っているので、トレモロ・デンタルは出てこないのである。三重大学の演奏はオドム編曲と言っておきながら、ラヴェルのオケ版に合わせてところどころ修正しているので、トレモロ・デンタルは出てくるけど。

しかし、別に「歯」を震わすわけではないので、トレモロ・デンタルというのはおかしいのだけれど、ラヴェルがそのように楽譜に書いたのだからしょうがない。

フランス語には、フラッタツンゲ(独)に対する言葉は、トレモロ・デンタルしか無いのでしょうか?

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グリーグ作曲ストラヴィンスキー編曲抒情小曲集よりパック

ところで、下記のブログを書くためにインターネットを徘徊していたら、ストラヴィンスキーがグリーグの抒情小曲集のパックを管弦楽に編曲したというのを見つけた。まだ、聞いたことがない!聞いてみたい!

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シルフたち

ブルグミュラーの18の練習曲の15番の話だが、最近、この曲と一つ前の14番のメロディーが頭の中でハードリピートしているので・・・。

往々にして、この18の練習曲を弾くと、メンデルスゾーンの無言歌集崩れのようにも思うのだが、弾いてて気持ち良いメロディーがあることには違いない。平易な・・・。

14番のタイトルは、Refrain de Gondolierで、たしかに、この曲はバルカロールと言えばバルカロール。1小節目と2小節目の左手にアクセントがあって、これもいいんだなぁ。

そして、Gondolierというのは、ゴンドラの船頭さんという意味なのだそうである。そして、Refrainはルフラン、英語だとリフレイン、でも、ここではルフランがある曲ってことで、「歌」というように解釈するのだろう。だから、ゴンドラの船頭さんの歌、と解釈するのは妥当で、日本で流通している名前は、「ゴンドラの船頭歌」になっている。ここで、一つ面白いことがあるのだが、Refrain du gondolierが「ゴンドラの船頭歌」と訳されているけれども、duと「の」は対応しないのである。Refrainは船頭歌ではなく、gondolierもゴンドラではない。

Canzoneとか gondolieとせずに、Refrain du gondolierとするところが、良家の子女をくすぐるものの、ピアノが美しく響く音楽であることには違いないと思う。

そして、15番、曲名は、Les Sylphes。「シルフたち」と訳したのでは、なんかのファンタジーRPGに間違えてしまうかもしれないが。また、シルフとシルフィードは同じということなので、「シルフィードたち」と訳してもいいのかもしれないが、どうもピンとこない。どっちにしても、この精霊は、一匹ではなく複数ということは気に止めておいていいかもしれない。日本語訳で普及しているのは「空気の精」なんだけど、この訳では、一匹しかいないと間違えてしまいがち。

で、Balがこの曲を聞くに、どうしてもジゼルを思い出してしまう。ジゼルの音楽はまったく憶えていないが、役どころとしては同じなのでは?と思い込んでしまっている。中間部は、人間だったときを懐かしんでいて、中間部の終結部では、Esの音が暗く、失恋、そして、投身という結末を暗示しているかのようである。

なので、この曲をPuck(パック)/Kobold(コボルド)/Lutin(ルタン)ように演奏するのは、何だと思う。

そのように演奏した方が、ピアノの音色が映えるし、積極的な音楽になるのには違いないが、そんな演奏は、好きではない。

そんなことしてまで、喝采を浴びたいと思う人が、存在するかもしれないが。

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sundag 26. juli 2009

週末の練習

やっぱ誰かさんの練習と自分の練習は、いろいろかぶるよね。

容赦ない高い要求をもらわないと改善しない、ってのは、やっぱまずい状態かも。

今日は、dimになってない、って言われるまで、本気でdimしてませんでした。スビバセン。

やっぱ本気でいい音出さないと、マズイですね。

本気でいい音出す仕事ほど、やっぱり大変なのだ。大変なことしないと、お客さんは喜んでくれないのは、当然のことなのだ。

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終わった

前日に喉が腫れて、お腹が痛くなって、39度の熱を出したのも痛かった。

その分、本人はぐったりしていたので、こちらも、先生も、きついリクエストを出せなくなってしまった。

前日の練習量も、指の筋肉を維持するには不十分。

本番を客席で聞いたけど、音にパワーが無かったなぁ・・・。パワーは、dim.も生むものだと思う。dim.やpの迫力が欲しかった。

本人は、今までで一番楽しい本番だと言っていた。そりゃそうだろう。前日と当日、Balと先生から注文がびしばし飛ばなかったのだから。自由奔放に自分の楽しみのために弾いた、って感じ。

それじゃ、やっぱお客さんは満足しません。自分が苦しんで、お客さんが満足するように演奏しないと。っていうか、それが演奏ってもんだと思いました。

今回の本番に向けて、振り返ってみると、前日、当日を抜きに考えたとしても、やっぱ注文が低かったなぁ。こちらも先生も、容赦ない、音楽を追求した要求ってのが、本人を育てるような気がする。

も~ほぼ限界。容赦ない高い要求ってのは、自分が高い要求持ってないと出せないんだし・・・。

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ハーリ・ヤーノシュ

ってことで、真面目に全曲のCD聞いてます。イシュトヴァン・ケルテス指揮、ロンドン、ナレーションはピーター・ユスチノフ。

組曲の中で原曲に歌が入っているのは、やっぱというか、第3曲目のみ。まぁね。

ハーリとオルジェが歌う二重唱である。組曲では、ハーリのパートがビオラのソラ、もしくは、チェロのソロ、オルジェのパートがオーボエのソロに置き換わっている。

この曲はあんまり速く無いので、マジャール語のイントネーションがリズムに影響することはあんまりなし。っていうか、すべてアクセントがリズムに置き換わっているので、楽器で演奏するとき、それ以上の揺らしをやるのはできないっていうか。

しかし、関西弁ネイティブじゃない人が関西弁をネイティブのようにしゃべるのが困難であるのと同じく、マジャール語ネイティブじゃない人がマジャール語の持つ音韻の長短を実現しようというのも無謀に違いない。

しかし、バルトークの「鷹よ、鷹よ」の楽譜を見たときは大変驚いたものである。楽譜は8分音符が並んでいるだけなのに、演奏ではすべて違ったリズムで聞こえてくるのだから。

まぁ、そういった意味で、コチシュやラーンキの演奏するバルトークの民謡編曲ものの録音は、マジャール語の音韻に沿ったリズムで演奏されていることから、文化遺産的な価値があると思うのである。

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sundag 19. juli 2009

ルーマニア舞曲のその後

ルーマニア舞曲、聞きました。演奏はフィッシャー/ブダペスト祝祭。

う~む、なかなか変な曲。でも、何回か聞いて、少し慣れてきたけど。

しかし、演奏時間が短か!4分半ですか。ルーマニア狂詩曲よりずっと短いですね。あっという間に1曲目が終わってしまいます。

そして、どこにアングレが2本も使われているというのでしょう?中間部だってあっという間に終わってしまいます。

それから、原曲のピアノの演奏も聞きました。バルトーク本人の演奏です。バルトークって下手っぴだと思ってたけど、やっぱ指はすごく動いているような気が。

中間部のあの真っ黒な左手は、あれはアルペジオじゃなくて、トレモロなんですね。バルトークの演奏を聞いて、バルトークがやりたいことがわかりました。和音のトレモロをオクターブでやってるだけなんですね、あれって。

シャーマーのアルバムが見つかったんで、自分でも弾いてみたけど、中間部終わったあとの楽譜を読むのが面倒で、途中で挫折。そこは飛ばして、最後ら辺から復活。なんか、臨時記号が多過ぎで、しかも、増音程や減音程ばかりってのが苦手です。

特に反対が無ければ、この曲に決まっちゃうんでしょうね。なかなか滅多に演奏されない珍しい曲で、Gにしても変化球過ぎだけど。

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連休の練習

まだ中日だけれども、明日も同じだと思うので・・・。

ツェルニーは音階、アルペジオ、2-3-4、3-4-5の練習。指の練習というより、同時に耳を鍛える感じ。弾いたつもりになってるものが、音になってるか、耳で聞いて、そうでなければフィードバック。

バッハはリズムが崩れてきてるところがあるので、リズムのソルフェージュ。そして、それがフレーズの中で実現できているか。最終的には、動機が要求するところと、和声の変化に応じて、自分の気持ちを投影してもらうこと。

楽曲は、かなり物理的なことが治ってきたので、重箱の隅をつつくような練習。こっちも、全神経を集中して耳を傾けないと、雑然と聞いていたのでは、コメントするところがないというような感じ。る。

おかしいと思うところは、和音のバランスが悪いということ、和声の流れと表現する音が合ってないということ、リズムの精度、強弱の変化の精度の向上。そして、音色、音色、音色。それから、曲の構成に応じた気持ちのコントロール。最終的に魅せる音楽まで持って行かないと、というところ。

こっちもなかなかしんどいけど、やった分だけ前に進むので、まずはやらないとネ。

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アントルメ・フリュイ

090718_214000午後5時過ぎにろうそくの立つケーキを買おうなどと動き始めるというのが、先ず無謀だということは知っている。それでも、いちおう車は動き始めた。

当初はどっかのケーキサロンでお茶でもと思っていた。ということで、先ず芦屋へ。

芦屋川を越えたところで、アンリ本店。あれ?ここって、喫茶は無いのか?!というか、先ず駐車場が無い。ということで、次の交差点を北上して2国へ。

2国を西に進路を取り、大きな鳥居を探す。ということで、Peri亭到着。ところがここの喫茶スペースは無くなってて、基本的にお持ち帰りのみ。食べるとしても、デッキでケーキのみ。そして、やはりろうさおくが立つケーキはなし。

次に向かうはルイブラン。ここも美味しそうなケーキが並んでるものの、ろうそくが立つケーキは事前予約。

さらに西に向かい右折しようとしたらシンフォニー・ナガノあり!ここにあったのか!と思うが、車を止めにくい。

今度は山手幹線を西に進路を取る。

ダニエルあり。大きめのケーキあり!しかし、本人の乗り気薄し。

アランカスケビッチはどこにあったか、見つけられず。

そして、ル・プレジール。アントルメ・フリュイとプレートがあるのに何もありません。尋ねたところ、スポンジはあるので、15分もらえたら、デコレーションできるとのこと。それはラッキー!

1時間半あとにまた取りにくることにして注文してしまいました。

その間、夕食。

出来上がりを見て、ご本人は大満足。おうちに帰っていただいたところ、ますます満足!素晴らしいスポンジ!素晴らしいクリーム!何種類ものフルーツ!見事です。美味しゅうございました。

ろうそくは立ちましたよ。そして、一気に吹き消してもらいました。

食べてる間、BGMかけました。演奏はクレーメル率いるクレメラータ・バルティカ。曲はペーター・ハイドリッヒPeter Heidrich作曲、"Happy Birthday"変奏曲。

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onsdag 15. juli 2009

ルーマニア舞曲

この前の週末、エネスコのルーマニア狂詩曲の楽譜を確認したわけだけど。出版社はpeer musicというところのもので、これは、エノック出版社のリプリントで、正式なライセンスを受けていると、ハンコが押してあったのである。

Balとしては、古くさく茶色くなったスコアの方が有難みがあるのだけれど・・・。

しかし、楽譜をつらつら眺めていたけれど、早くなったあとは、トゥッティがところどころあるけど、それ以外は、ひたすら、バイオリンがメロディーやってて、ほかの楽器は伴奏してるって感じ。まぁ、聞いてても、同じメロディーの繰り返しって感じはするけど。

某指揮者は「創る」のが難しいとのたまったそうであるが、まぁ、指揮者としては、バイオリンに主役を取られて、自分は何をするでもなくなってしまうので、つまらないかも。

そして、その代わりにバルトークのルーマニア舞曲ですか?!二つのルーマニア舞曲の一曲目の (@_@;)

二つのルーマニア舞曲の楽譜は、バルトーク・アルバムに入ってるんですよね~。シャーマーだったと思うんだけど。ほかに、コシュートの葬送行進曲とか、14のバガテルとか、ソナチネとか、四つの挽歌とか、入ってる奴。

出だし音が少ないので、案外簡単に弾けそうかと思いきや、なかなかピアノが鳴ってくれないし、そして、中間部はわけのわからないアルペジオが左手にあるという、とにもかくにもよくわからない曲。

まぁ、初期の作品だから、ごついけれど、しょうがないですかね。

初期のオーケストラの作品は、当時としてはびっくりな、この上ない色彩が引き出されているのですが。

ということで、久しぶりにバルトークでも聞きたくなったので、なんか聞こうと・・・

そういえば、ブーレーズが録音したコンチェルトのCD、買ったきり一度も聞いてなかったと試聴中。

2台のピアノと打楽器の協奏曲ですが、すごく不思議な録音ですね、響きが。まるで、シンセサイザーのような人工的な音色、そういう音色をわざわざ作っているような気もするけど。

打楽器のソロも、ピアノも。特に、ピアノはペダルの使い方とか。ピアノはステファノヴィチとエマールですが。

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ブルックナー

ギュンターヴァント/ベルリンのブルックナーを聞いたけど、いかに、Gでは本気で演奏してないかということを、まざまざと見せつけられた感じ。

やっぱりここまで音楽しないと、音楽じゃないなぁ、まだまだ甘っちょろいんだなぁ、と。

やっぱり、プロはすごいです!ベルリンはすごいです!すべてのフレーズに「意志」が存在してる感じ。フレーズと演奏者の融合した「意志」が。

それに比べて最近のGは気合い入ってないかも。音楽全開で演奏しないと。演奏したつもり、曲を演奏するための人数を揃えただけのつもり、になってるかも。

誰かさんにも、すべてのフレーズ、それらを構成するすべての動機、音形要素に投魂して欲しいかも。

にしても、やっぱブルックナーはいいねぇ。演奏してて心が充足するっていうか。幸せです。

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måndag 13. juli 2009

週末の練習

少し弦が増えてきたけど、出席率悪いとの、本番指揮者先生のご指摘・・・そうかも、特にvn。

しかし、この曲って、練習時間短く感じますね。ちょこちょこつまんでる感じ。

そしてやっぱり、それぞれの和音の役割とフレーズの中での位置、自分が担当する音のポジションを理解してないと、まとまらないんだなぁ、と、すなわち、音大で習うのと同じくらい和声を勉強してないと、っつうか、このくらいのことは、ピアノを習っていれば、ソナチネアルバムとか、ツェルニーでさえも、習うはずのことでは?

ということで、つくづくブルックナーは古典の上に立脚してるのだな、と思った次第。

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週末の練習

バッハは2声のB-Dur、この曲は、拍が2-3-4-1で一つのグループをなしていることを理解してもらい、練習させたのだけど、どのくらい理解しているのか???あと、臨時記号が付いている音の弾き方。

楽曲は佳境。どうしても気になるのが、フレーズの作り方。そして、その音色。フレーズの出だしの音色、終わるときの音色。いい音、いい音、いい音!

あと、転調する途中の音色。転調した調ごとの音色。それから、楽曲のからくり、伏線の役割を理解した音楽の流れ。それから、倍音を考慮した和音のバランス。

すべての元となるのは、音楽は前に進むものであるということ。そして、美しいこと。どの瞬間を切り取ってきても美しいこと。

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onsdag 8. juli 2009

ルーマニア狂詩曲

エネスコのルーマニの狂詩曲のスコアだけど、買ったら、なんかオンデマンドっぽい印刷で、しかも、バインドはくるくる針金で、なんかちゃちい感じがしてどうなかなぁ~、って思うんだよね。

どうせ同じ楽譜なんだろうけど、やっぱり、Editions Enochエノック出版社のスコアが欲しいと思うんだよね、高いけど。

ハーリヤーノシュは、UEのスコア持ってるんだけどね。輸入版で生涯初めて買った(買ってもらった)スコアでね。いろんなパートを何度もピアノでなぞったんだよね。ツィンバロンのパート譜もほとんど暗譜してるかも。

そういえば、中高の頃って、いろんなスコアを買っちゃあ、ピアノでなぞって遊んでたかも。ときどきなぞった曲でパッと記憶に浮かんでくるのは、幻想の弦のパートとか、田園の弦のパートとか。あぁいう細かい音符を見ると、どうにもなぞってしまいたくなる体質だったりして。

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sundag 5. juli 2009

叫びの書

昨日はタワレコのタワレコ会員のポイント3倍デーだったので、思わず買ってしまったCDが(これ以外は買わなかったのだけれど)、ジャヌカンアンサンブルの「叫びの書(L'écrit du cri)」。

ジャヌカンの「パリの叫び声(売り物屋の呼び声?)」とかいろいろな曲が入っているのだが、よくよく見ると、12曲中、1/3はご生存の方の作品で、つまり現代音楽なのである。そのほかにも、19~20世紀の作曲家の作品もある。ということで、面白い。

一つ、面白い名前の曲があった。「ブログの叫び Cri de blog」。詞の中に、URLがあったので、アクセスしてみたが、サイトは存在したのだけれど、そのHTML文書は無かった。うむむ。

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laurdag 4. juli 2009

プレリュード(続き)

なんやかや言って、毎日聞いてるプレリュード。

よくよく聞くと、いろいろ音の持続を工夫して頑張っている。

ピアノの原曲だけだとオーケストラだと少ないので、響を作るための音を足してるわけで、その足しかたいい感じの曲はやっぱ出来が良いということのようである。

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torsdag 2. juli 2009

プレリュード

ドビュッシーのコリン・マシューズ編曲のプレリュードのCDが届く。演奏はトーンハレ、指揮はSirマーク・エルダーCBE。CBEって何だろう。

で、演奏はというと、何ともインパクトがあるような、やっぱりないような。響きはというと、なんとなく中国を舞台にした映画音楽のような。

オーケストレーションは、いかにも、または、誰もが想定しそうな楽器の選択で、どこにリクリエーション(再創造)があるのか苦しむ。よっぽど、ラトル/ベルリンの変な演奏の方がインパクトがある。

雪の上の足あとの冒頭のテーマを演奏してる楽器がなんとむ不思議な音。ダモーレなのかソプラノサキソフォンなのか?・・・ライナーノートを読んだらサキソフォンだったけど。

しかしなんだね、原曲の配列は、すべて前の曲の終わりの音から、次の曲の調性に綿密な計算がされているという研究成果があるし、それを頭にたたきこまれているわけだが、このように、配列を変えられちゃうと、ちょっと肩すかしをくらわされたような。

オーケストレーションで、これはがんばってるね、と思うのは、やっぱピアニズムが大変な曲で、たとえば、妖精はよい踊り子ですとか、月の光の降り注ぐテラスとか、オンディーヌとか。

ブリュイエールは、グレンジャーの管楽アンサンブルバージョンと異なり、がんがんに弦、ホルン、フルート、ハープで攻めてきたあたりが、無理矢理ドビュッシーっぽいかもしれないけれども、素敵なムードミュージックになってしまったというところが半分苦笑、半分称賛。

アナカプリの丘を半音上げてしまうのは、なんか卑怯っぽい。あのシャープたくさんの調が、まるで金色の稲穂が地中海から吹いてくるやや暑い風に波打つような輝かしさを、感じさせてくれると思うのに。それに、最後の方でマシューズが創作した、喜びの島くずれ的なハリウッド風コーダはなんといって良いのやら。

そして、そのあとに、同じハ調の花火を配置するとはどういうことでしょう???さらに、沈める寺が続きますから、ハ調の三連荘ではないですか!!!

で、その沈める寺ですが、ストコフスキーと違うのはわかりますが、なんともハリウッド崩れ的な。ハリウッドのオーケストレーターの方がましなオーケストレーションをしてくれるのではないかと。

などとつらつら書きましたが、手元においておく価値はあるCDだなと。

ところで、プレリュードのあとに収録してある、コリン・マシューズ作曲の、ポストリュード「ムッシュー・クロッシュ」は面白いです。ドビュッシーのプレリュードへのオマージュなのでしょうけど、よっぽどドビュッシー的でのびのびしてます。

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onsdag 1. juli 2009

ワルトシュタイン

そういえば、となりの芝生の初版のとき、となりの電気のこぎりのうるささに対抗して、フォルティシシモでピアノで弾いてた曲が、その後、ワルトシュタインンの第1楽章だとわかったのだが、原曲はピアノだったので、なるほどだと思った。

まぁ、となりの芝生で、ワルトシュタインというと、勇壮な曲というイメージがあるのだが、実際、第3楽章は全然そんなことはなく、まるで、次から次へと空から星が降り注いでくるような気がするのだ。

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