実は、原田さんのシューベルトのCDは大分前に買っていたのだけれど、シューベルト・チクルス Vol.9で生で聴いた21番のソナタの体験を大事にしたくて、聞いていなかったのだ。
けれど、レコ芸特選盤に選ばれたということで、レコ芸の批評を読み、良く知らなかったのだけれど、レコ芸って特選盤を連発するわけでもないようなので、やっぱりこれは聞かないとと思って聞いたのだった。
(CD情報)
Harada Hideyo, Schubert, Wanderer Fantasy, Sonata #21, B-Dur, D.960, Audite
さすらい人幻想曲、鮮烈な出だしに驚きました!はじめの数小節で聴衆を捉えるというのは、こういうことを言うのでしょう。先ず、1小節目の和音の響きが違います!そして、2小節目に駆け上がるアルペジオが違います!そして、なんということでしょう、18小節目からppで再現される主題は、ppの従来の意味を、根底からくつがえすようなppです(ちょっと大袈裟だけれども、Balとしてはそんな感じ)。そして、そのあと、譜割りから離れた「音楽の再現」として、弱音による和音の応答が訪れるのです。
このあたりまで来て感激することは、従来の原田さんの演奏に垣間見られた「原田節」というのは一切無くて、原田さんのエッセンスが昇華されたものがこの演奏に入っているということ、それを通して原田さんにお会いしているというところが、あ〜、原田さんはどんどん昇って行くんだな、というところが、嬉しくもあり、寂しくもあり、悔しくもある、というところでしょうか。
あと気づいたところは、録音も素晴らしく、楽器も素晴らしく、その響かせ方も素晴らしいのですが、こんなに素晴らしくしちゃって良いのだろうか?シューベルトは果たして頭の中にこんなに素晴らしい音響を描いていたのだろうか、というあたりですかね。ウィーンのシューベルトの生家の、あの天井高のあの部屋、そして、あのピアノを記憶から取り出したとき、ここまで素晴らしくしちゃって、シューベルトに対して手厚くし過ぎちゃっていいの?演奏家って仕事は凄いです!
ピアノソナタの21番も、言わずもがな素晴らしいです。例えば、第1楽章、主題を、提示部で演奏する意味と目的、再提示部で演奏する意味と目的、そして、展開部後の再現部で再度演奏する意味と目的、が、それぞれよく性格付けられ、そして、それを具現化する方法とテクニック!
原田さんがおっしゃる、私は楽譜に書いていないことはしていない、楽譜はシンボルを読むものである、反復は使うものである、この辺りの実践といっては表面的なんですけど、それらの考えを通して、作品の演奏として大きくまとめあげたものが、ここに在るのだ、という大きい感銘を受けます。
さて、最近、原田さんをキーワードとしてインターネットをサーチすると、ヒット数が前に比べて、どんどん増えているような気がします。日本国内もそうだし、また海外のサイトを含めて、原田さんの演奏への感激が綴られたページにお目にかかることが増えて来ました。
今回のシューベルトのCDは、間違いなく、今後の原田さんの業績が、歴代の大ピアニストに偉業の系列に入っていくということを位置づけるものであると言えましょう(私的な一支援者として)。
ということで、さすらい人幻想曲の冒頭が、頭の中で、ヘヴィロテ中 :-)
さて、4月のスカルラッティアーナの演奏会に行っても、もうサインしてもらうCDが無いんですけど。;-)
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